10/29/13

Matane!





みなさん、こんにちは!
 
私は10月31日にインドへ出発します。2ヶ月間マイソールでヨガ
の練習をした後はインド各地にある寺院や聖地を旅する予定です。
インドは私にとってアートとスピリチャルの源となる場所です。
今回で14回目の旅になりますが、今でもワクワクします。
ちょうどインドの新年に当たる「ディワリ」というお祭りにも間に合います。
 
「ディワリ」とは「ディパヴァリ」の縮約で、「ランプの列」と訳されます。
ディワリでは粘土で作られた小さなランプに注がれたオイルに火を灯し、
この儀式は悪に対する善の勝利を意味します。女神ラクシュミを気持ちよく家に
迎え入れられるよう家の掃除をし、ランプを夜通し灯します。
花火や爆竹は悪を追い払うと信じられています。
ディワリ期間の祝賀者は皆新しい服に着替え、
甘いお菓子やスナックを家族や友達といただきます。
 
インドの後はしばらくニューヨークの地元で家族と時間を過ごすのと、
アメリカでGBSKの基礎を築こうと思います。来年は日本にあまり滞在しないので、
POCORICO(長野県安曇野市)の美歩梨さんとすばらしいチームに販売、注文調達や
カストマーサービスを引き継いでいただきます。もちろん今後もすべてのデザインや
製造を私が手がけ、これまでと同じく東京でプリントいたします。
 
移行中ショップは限定された商品のみの販売になりますが、
11月中旬には新しいコレクションが追加されます。
これまでと同じショップサイト/URLでクオリティの高い商品を提供し続けます。
POCORICOが引き継いだ後は日本語の問題がなくなるので、
ひょっとしたらサービスにおいてはもっと良くなるかもしれません
以前私に連絡やメールした事のある方は、私の日本語がまぁまぁだとご存知でしょうから ;)
 
いつものことながら、皆さんのサポートに感謝しています。
皆さんからのメールやGBSKを着ている写真などfacebook や instagram
で見るとうれしく思います。ハッシュタグ#GBSKを忘れずにつけてもらえたら
私も見れるのでお願いします。これからもハイクオリティのTシャツやタンクトップ
をオリジナルのアートとデザインで提供できるようがんばります。
GBSKの究極の目的はカスタマーサティスファクション。
引き続き満足していただけるよう、商品やサービス向上する
ためのフィードバックなどいつでもお待ちしています。
 
また近いうちにスペシャルなサプライズやプロジェクトをお知らせします。。。
。。。お楽しみに

そして、古いショップから辿って来られるお客様もまだまだ
たくさんいらっしゃるようです。ぜひ現在のショップURL
をブックマークしてください!

SHOP >>> http://gbsk.jp/

いつもありがとうございます。
GBSK
バリー・シルバー

 

10/28/13

USAGI Mania[c] in Chichibu


USAGI CHAN artist Sayaka Yamamoto was in Chichibu as part of a teacher's training course. As you can see, all of her students love her and are big fans of her artwork!

So am I....♡








 You can see her Kamisama illustrations >> ココ

10/20/13

OLD SKOOL


10/19/13

GBSK Birthday L♡VE



ありがとうございます

10/14/13

Usagi Fever

秋がやってきました!
ということは…私の誕生日もやってくるということです :)
GBSKのロゴがなぜウサギなのかとよく聞かれますが、私が卯年生まれだからです。
sayaka yamamotoのウサギ・プライマリーシリーズがこんなに気に入っているのもそれが理由かも知れません。もしくはただ単純にとってもかわいいから!かも。




10/12/13

NARAYAN AND ME

My dear friend Narayan has passed since this story was first published in Namarupa magazine a few years back. I plan on visiting Mysore this year and will return these photos to his son who still runs a shop in the Devaraja Market.



*English version below Japanese

ナラヤンと私 
バリー・シルバー
翻訳:宮村 葉

この記事はNAMARUPA issue no.9(2009年発行)に掲載されたものです。NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよびロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

初めて南インド・マイソールを訪れたある日の午後、私のNYでのアシュタンガヨガ教師である、エディ・スターン(このNamarupaの共同犯行人)からランチに誘われダウンタウンへと向かった。食べ終わると、私が気に入りそうなヒンドゥの古い写真や絵・ポスターなどを販売する店があるから見に行こうということになり、そこへと向かった。着いてみるとそれはお店というより木製のおんぼろな屋台だった。デヴァラジャス・マーケット、K.R.サークル側にあるその屋台からは、収まりきれない商品がパーキングにまで溢れ出してるような有様だった。私は店主の優しい目と根っからの親切、そしてダークチョコのように濃い肌の色と、それとは対照的にミルクのように真っ白なクルタのコントラストにすぐさま引き込まれた。彼の名はナラヤン。あのマイソールの埃にまみれたダウンタウンで、どうやったら彼のようにクルタを真っ白に保てるのか、私はいつも不思議に思っている。

私にはそれまで日記をつけるという習慣がなかったが、この時はNYを発つ前にモレスキンのノートを購入し、人生で初めて日記をつけてみようと持参していた。しかし私は書く代わりに時差ぼけで眠れないインドでの最初の数夜を、滞在先にあった古い旅行雑誌を破ってはそのノートに貼付けて過ごしていた。あげくの果てにはマッチ箱やショップのレシート、レストランのナプキンや自分の写真など、ありとあらゆる貼付けられるもの全てを貼付けていった。その後ハサミとセロテープにカラーペンを手に入れると、早朝に行われるヨガの練習後は、ほとんどの時間をこのコラージュを制作することに費やしはじめていた。そんな時、ナラヤンの店を訪れたのはまるでスロットで大当たりを引き当てたようなものだった。

こうして私はコラージュの材料を調達しようとナラヤンの店に足繁く通うようになった。彼は私の好みが他の客が求めるような、大きな絵やポスターではないことにすぐに気づいたようだった。おかしな物であればあるほど私は気に入り、現地の古い漫画や雑誌に広告、野球カードサイズのさまざまなヒンドゥ神のプリント(私はいつも束で購入していた)、他にはマイソールのマハラジャや、南インドの婚礼の模様、お寺の祭やチャイ屋台などの古い写真を好んで購入した。その旅が終わる頃ノートは一分の隙もなくコラージュで埋め尽くされ、現在も継続している、私にとってのクリエイティブでありつつ同時にセラピーとも言えるような、自身を表現する手段を得ることができた。これがナラヤンとのその後も長く続く友情の始まりとなった。

NYに戻った後も私はコラージュの制作を続け、翌年再びマイソールを訪れる際には制作に必要な道具をフル装備で出発した。着いて早々、ナラヤンへの挨拶と新たらしい商品のチェックにダウンタウンへ向かった私が見つけたのは、以前ナラヤンがいた場所に建つ新しい店だった。困惑して道の真ん中で立ち尽くす外国人を見つけ周囲の店主達は、ナラヤンはラジュカマル・トーキーズ・ロード・ホテルの近く、シヴァラムペットへ移って行ったと教えてくれた。

その後、30分ほどでナラヤンの新しい店の場所を見つけることができた。前のものより状態の良い屋台はしかし、4分の1ほどのサイズしかなくなっていた。しかも商品の多くは私の求めていた古い宝物ではなく、よくある今風のプリントをカラフルなプラスチックフレームに納めたものに取って代わられていて、私は非常に落胆していた。するとナラヤンは最後に彼と会った後に何があったのかを話してくれた。ナラヤンは1959年から以前の場所で屋台の営業を続けていたが、ある日突然火災の危険があるという理由で、警察から立ち退きを命じられたのだ。実際のところは新しく建物を建てるためというのが理由らしかった。警察は立ち退きまで数時間の猶予しか与えず、彼はしかたなく商品を家へと持ち帰ろうと屋台を移動し始めた。周りにいた何人かが手伝いを申し出た。そしてナラヤンが涙ながらに語るには、他の者達は積み上げられた商品の束を奪い、走り去って行った。こうしてナラヤンは彼の在庫コレクションの大部分を失ってしまったのだった。

チャイを何杯か飲み、いつも通りの上機嫌を取り戻したナラヤンは、私に見せたい物があると言い始めた。隣の屋台との間の狭い隙間を通り抜けると、ある中庭へと案内された。庭を囲む建物の2階にあがるようジェスチャーする彼について行くと、青く塗られたボロボロのドアの前に立ち、クルタから鍵束を取り出し南京錠を回した。明かり点けると、そこは全ての壁という壁、床から天上まで、部屋中が山積みにされたインディアン・アートで埋め尽くされていた。

その後の10年、マイソールを訪れるたび、私はその暑さで息の詰まる埃まみれの部屋での宝物漁りにどれだけの時間を費やしたかわからない。ナラヤンはある時は私をそこに一人残し、またある時は共に座りチャイを飲みながら1枚ずつ絵を見せてくれた。「これは、クリシュナ神。これは、女神、ドゥルガー。これは、シヴァ神。」そして頭を振りながら大きな笑顔で「とっても良い神様」と言うのだった。私はコラージュを制作したジャーナルをナラヤンにも見せた。彼は気に入ってくれたと思う。

2006年のある午後、ナラヤンは私に写真の入った小さな箱を手渡すと、それを私に持っていて欲しいと言った。中身は古いモノクロ写真で、家族や子供のポートレート、結婚写真、シヴァ派の司祭達、南インド舞踊を踊る若い女性達、サリーで着飾った女性とスーツを来た男性のグループなどだった。そのほとんどが彼の私物で、彼自身の結婚式やマーケット近くのかつての店の写真などもあり、1974年撮影と書いてはあるが実際よりも30年は古く見えるようなものだった。最初私は写真の受け取りを断ったが、ナラヤンは強行に言い張った。彼のもとで箱に入れられたまま埃をかぶるだけになるより、何らかの形で記録されることを望んでいたのだ。ここに掲載されたものは、その日彼から渡されたもの一部である。

ナラヤンの素晴らしいコレクションの恩恵に与ったのはもちろん私一人ではない。マイソールを訪れる多くのヨガ練習生が彼の店に立ち寄る。彼とのエピソードについて書きたいとエディに話したところ、エディのコレクションの多くもナラヤンの店で手に入れたものだと話してくれた。以前ほど頻繁にマイソールを訪れることがなくなった私は、ナラヤンが今も元気なのかとても心配になることがある。そんな時、日本からのヨガ練習生達がナラヤンの店の前で彼と笑顔で映る写真を見ると、私は本当に嬉しく思う。そしてもちろん、ナラヤンのクルタは相変わらず真っ白だ。


マイソールでは是非ナラヤンの店にお立寄を
A.L.Narayan Frame Works,
The New Mysore Ananda Bhavan Building. Srirampet, Mysore-1 

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One afternoon on my first trip to Mysore, South India my teacher (and namarupa co-publisher) Eddie Stern took me for lunch downtown. After we ate, he asked me to come check out a shop he thought I might like that sold old photos, paintings and prints of Hindu deities. It was more of a ramshackle wooden stall that spilled into the parking lot at the K.R. circle side of Devarajas market, than a proper shop.  I was immediately taken with the proprietor’s kind eyes, sweet nature and the contrast of his chocolate brown skin against his milky white kurta. His name was Narayan, and to this day, I still wonder how he was always able to keep that kurta clean in the midst of all that downtown dust and soot.


I had never kept a diary before that trip, but just before I departed from New York, I picked up a Moleskine book with the intention of keeping a journal for the first time. Instead of writing, though, I spent those first sleepless, jet-lagged nights filling the pages with pictures I tore out of an old travel guide I found in the house in which I was staying. Soon I started gluing in matchbooks, shop receipts, restaurant napkins, my own photos, and just about anything else I could get my hands on. After procuring a pair of scissors, assorted adhesive tape and some markers, I had myself a makeshift art studio, and filled most of my days making collages after morning yoga practice. Discovering Narayan’s shop was like hitting the jackpot.

I started making frequent runs there to refresh my stockpile. He would show me the large paintings and posters that most people were interested in, but he soon realized I wanted the stuff nobody else did. For me, the more bizarre the better: old comic books and magazine ads, multiple prints of old baseball-card size Hindu God prints (I would buy stacks of them), and vintage photos of the Maharaja of Mysore, South Indian weddings, festivals, temples and tea stalls. By the end of that trip I had filled every inch of every page of that journal, discovered a creative and therapeutic way to express myself, an art form that I continue today. The seeds were also planted for what would become a long-standing friendship between Narayan and me.

After returning to New York I continued making collages, and the next year, when I returned to Mysore, I came fully equipped with all my essential supplies.  Shortly after arriving, I went down to say hello to Narayan and see what new items he had for me, only to discover there were several new shops where his used to be.  Some of the other shop owners recognized the vexed foreigner standing in the middle of the road, and informed me that Narayan had relocated to a new stall up the street on Shivarampet near the Rajkamal Talkies.

It took me 30 minutes to finally locate him in a tiny stall that was in better condition, but a quarter of the size of his old place. I was dismayed to see that his old goods were replaced with modern-style prints in colorful plastic frames, and not the old treasures I was interested in. And the he told me the story of what had happened since I saw him last. The police raided the stall he had been in since 1959 and forced him out because it was a fire hazard, when in fact they just wanted to make room for newer construction.  They only gave him a few hours to evacuate, and when people saw him carrying his merchandise to his house down the street, some decided help out. Others, he told me with tears in his eyes, took stacks of paintings and ran off with them. Sadly, he lost much of his collection that day.

After a few cups of chai, he regained his usual good mood and said he wanted to show me something. We walked through a small opening next to the stall that led to a hidden two-story courtyard. He gestured me to follow him up the stairs to the second floor, and then, before a rickety blue-painted door, pulled some keys from his kurta and opened its padlock. He flicked on the light and to my delight the small room was filled wall to wall and floor to ceiling with a bounty of Indian art.

I have no idea how many hours I spent in that stifling-hot and dusty room over the next 10 years digging through those items. Sometimes he would leave me alone, and other times he would sit and drink tea with me and show me the prints one by one. He would say, “This one, Lord Krishna. This one, Goddess Durga. This one, Lord Shiva,” then wobble his head, flash a big smile and say, “Very good God”. Over the years I shared my journals with Narayan.  I think he approved.

One afternoon in 2006, he handed me a small box of photos he said he wanted me to have. It was filled with old black-and-white photos of family and children’s portraits, weddings, Shaivite brahmins, young girls performing South Indian dance, groups of women dressed in saris and men in their smartest suits. Many were from his personal collection and some were of his own life that included his wedding day and old shop near the market dated from 1974, although they look like they could just as well be from 1934. At first I refused, but he insisted I take them, as he preferred they be archived in some way, instead of sitting in a box collecting dust. Presented here are some of the photos he gave me that day.

I am not the only one who has benefited from Narayan’s awesome collection. Many yoga students who visit Mysore have frequented the shop, and when I told Eddie I wanted to write this story, he said that most of the prints in his own collection were found there. I don’t get to Mysore as much as I used to and sometimes I worry about his wellbeing. So you can only imagine my delight when I recently saw a photo of a group of smiling Japanese yoga students standing with Narayan in front of his shop displaying their purchases….And of course Narayan was in his clean white kurta.

If you are ever in Mysore, please do yourself a favor and visit A.L.Narayan Frame Works, The New Mysore Ananda Bhavan Building. Srirampet, Mysore-1